代表挨拶

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代表挨拶

東京大学大学院工学系研究科 総合研究機構 教授
幾原雄一

平成29年度より、“原子・イオンダイナミックスの超高分解能直接観察に基づく新材料創成”という研究テーマが日本学術振興会の特別推進研究として採択されました。本研究を開始するにあたって、研究代表者としてご挨拶申し上げます。

本研究は材料をターゲットとしておりますが、材料は、環境エネルギー、社会基盤、また情報の分野におきまして重要なキーテクノロジーとして位置づけられております。我々が手にする材料は、多くの場合多結晶体であり、材料内部には必ず結晶粒界が存在し、これらが材料のマクロな特性を決定づけます。粒界は結晶内部とは異なり、ある周期的な空間を有しており、粒界に沿ってイオン伝導が発現する、あるいは不純物やドーパントが偏析して機械特性に影響する、薄膜の場合は、界面の構造が電気特性と関係することなどが知られています。このように粒界など局所構造は材料機能と密接に関係しておりますので、その相関性を明らかにするためには、局所領域の原子レベルでの解析が不可欠あり、ここに空間分解能に優れた電子顕微鏡法が必要になってきます。

近年に入って電子顕微鏡分野で大きなブレークスルーがありました。それが、走査透過型電子顕微鏡法、通称STEM法と呼ばれる手法とレンズ収差補正技術を組み合わせた方法です。収差補正レンズにより、電子線を1オングストローム以下に絞込むことが可能となり、その分解能で原子を直視することが可能になってきました。我々はこの収差補正技術を我が国で最初に導入し、色々な材料の局所構造に応用するとともに、2014年には空間分解能40pm、また今年度に入っては40.5pmという世界記録を達成し、現在その記録を維持しております。また、2009年には、環状明視野法、すなわちABF STEM法と呼ばれる観察手法を日本電子㈱やファインセラミックスセンター(JFCC)と共同で提案し、リチウムや水素原子カラムなど軽元素の観察にはじめて成功しました。さらにSTEM法で、局所的な電磁場の観察も可能になりつつあります。材料内部に電場がある場合、電子線はクーロン偏向しますが、我々のグループでは、この偏向量を精密に計測できる分割型検出器を開発しました。これより、収差補正STEM法は原子の内部まで観察できるレベルに入り、ナノ計測分野では驚異的なブレークスルーをもたらしてきました。

しかし、上述の一連の計測手法には解決すべき大きな課題が残されています。すなわち、それら原子分解能観察は、ほぼすべて静的条件下であることです。実際の材料機能は、実環境下においてダイナミックに発現しますので、材料機能と局所構造の相関性を明らかにするためには、実環境下における原子・イオンダイナミックスの直接観察が不可欠となります。たとえば、高温化、電場下で粒界のイオン拡散を直視し、イオン移動経路を特定できれば、超高速イオン導電体の開発につながります。また、荷重下での亀裂の進展挙動を観察できれば、高強度材の開発へ、雰囲気化で活性点の可視化が可能になれば、高機能触媒材料の開発につながってまいります。

このような背景の下、本研究の目的は、温度、電場、荷重、雰囲気を制御したその場観察と、空間分解能、時間分解能に優れた電子顕微鏡法を融合し、原子・イオンダイナミックスの直接観察法を確立することです。たとえば、電場下でイオン電導を観察する、また荷重下で破壊の微視的過程を観察することなどにより、材料創成につながるこれまでにはない新しいナノ計測手法へと展開していきます。これより、材料機能発現の根本メカニズムの解明、ひいては、新規高機能材料の設計や創出へとつなげることで、材料イノベーションに貢献していきたいと思います。本特別推進研究では、東京大学および名古屋大学の参加メンバーが一丸となって本テーマに取り組んでまいりますので、是非関係各位のご支援、ご鞭撻を賜りたく、どうぞ宜しくお願い申し上げます。

平成29年盛夏  

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